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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)8803号 判決 1956年9月24日

原告 軸受精機械株式会社

被告 野島武夫

主文

被告は別紙<省略>目録記載の特許、実用新案を受ける権利についてその出願人名義を東京都渋谷区原宿三丁目二九番地井上嘉瑞相続人の井上喜美子、同玲子に変更する手続をしなければならない。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文と仝じ判決を求め、次のように述べた。

「原告は被告の経営する日本スーパーベアリング株式会社と被告とに対し一四、八四一、二四五円の債権を持つていたが、その支払がなく、右会社は破産状態になつたので、昭和三〇年六月原告は右会社に対し破産の申立をし、被告に対しては、その所有の動産と別紙記載出願権とに仮差押の手続をとつた。

その後原告と被告との間で交渉した結果、昭和三〇年九月一五日原告と被告との間に和解契約が成立した。その内容の要旨は次のとおりである。

(1)  被告は原告に対し一四、八四一、二四五円の債務があることを認める。

(2)  被告は原告に対し右債務を次のとおり分割して支払う。

昭和三一年三月一四日までに 一〇〇万円

同年九月一四日までに    一〇〇万円

昭和三二年三月一四日までに 一五〇万円

同年九月一四日までに    一五〇万円

昭和三三年三月一四日までに 二〇〇万円

同年九月一四日までに    二〇〇万円

昭和三四年五月一四日までに 二五〇万円

同年九月一四日までに    二五〇万円

昭和三五年三月一四日までに 残り全部

(3)  被告が右各期日の支払を怠つたときは期限の利益を失い、残額全部を即時支払うこと。

(4)  被告は別紙記載の特許、実用新案を受ける権利を原告に譲渡し、その出願人名義を井上嘉瑞(当時の原告代表者)に変更すること。

(5)  被告が前記の債務を完済したときは、原告は右権利を被告に返すこと。

(6)  原告が今後右権利に基き物件を製作販売し、その物件が登録されたときは、原告より被告に対してその販売価格の一割に当る使用料を支払うこと。

(7)  原告は日本スーパーベアリング株式会社に対する前記破産申立を取下げること、

ところが、被告はまた右約定の出願人名義変更手続をせず、そのうち井上嘉瑞は昭和三一年六月四日死亡し、井上喜美子(妻)、玲子(子)が相続しその地位を承継した。

それで、原告は右契約に基き、被告に対し右権利について出願人の名義を井上嘉瑞の相続人である喜美子、玲子に変更することを求める。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、次のように述べた。

「原告より日本スーパーベアリング株式会社(その代表取締役は被告)に対し原告主張の破産申立があつたこと、原被告間で昭和三〇年九月一五日原告主張の各条項を含む契約書が作成されたことは認めるが、それは形式だけのことであつて、原被告間には原告主張の権利を原告に譲渡したり、井上名義変更したりはしない旨の合意があつたものである。

仮に右の合意がなかつたとしても、原被告間になされた前記権利の譲渡名義変更に関する約定は、被告の原告に対する前記債務支払担保のためになされたものであるが、そうした権利に対する担保設定契約は法律の許さないところで、無効であるから、被告は原告主張の名義変更手続をする義務を負うものではない。

また、右名義変更に関する契約は、第三者である井上嘉瑞のための契約であるが、その井上は右契約と仝時に受益の意思表示をして右契約上の権利を取得している。そうした場合、爾後被告に対し右契約上の義務履行を求め得るのは、井上だけに限られ、原告会社からその履行を求め得ないと解すべきであるから、原告の本訴請求は失当である。」

原告代理人は被告の右主張に対し、次のように述べた。

「本件権利の移転、名義変更をしない旨の合意がなされたとの被告主張事実は否認する。

また特許法第一二条、実用新案法第二六条には、特許、実用新案を受ける権利は移転することはできるが、担保に供することを得ない旨規定されているが、その担保に供するというのには、本件のように譲渡担保のため移転する場合を含まないのであつて、本件契約はなんら無効なものではない。

井上嘉瑞が契約当時受益の意思表示をしたことは認めるが、それだからといつて契約当事者である原告が契約上の義務履行を求められなくなることはない。」

<証拠省略>

理由

(一)  被告が原告との間で昭和三〇年九月一五日原告主張の契約条項を含む契約書を作成したことは被告の認めるところであり、これは原被告間において原告主張の契約締結の意思表示が交換されたことになる。被告はそれは型式上のことであつて、原被告間には、原告主張の権利の移転、名義変更はしない合意であつたと主張するが、この点に関する被告本人尋問の結果は、成立に争のない甲第一号証、証人藤井辰夫の証言にてらし採用しがたく、その他右被告の主張を証すべき資料はない。

(二)  「次に、被告は本件特許、実用新案を受ける権利の譲渡に関する契約は、被告の債務支払を担保するためになされたもので、違法無効であると主張する。なるほど特許法第一二条は特許を受ける権利は担保に供することを得ない旨規定し、実用新案法第二六条は右規定を実用新案を受ける権利について準用しているが、右担保供与を禁止したのは、これらの権利を法定の抵当権等の目的とするときは、それら担保権の実行は公売の方法による関係上、その際右特許、実用新案の内容が一般に公開されざるを得ないこととなり、それではまだ公開されないことにおいて価値があるそれら特許、実用新案の保護がなされないこととなるのを防止する趣旨に出たものと解される。そうすれば、そうした秘密公開のおそれのない譲渡担保の目的に特許、実用新案を受ける権利を供することは前記法条の禁止するものではないというべきであり、その他そうした担保のためのこれらの権利の譲渡を違法無効であると解すべき根拠はない。すなわち、被告の右主張は採用しがたい。

(三)  次に、被告は原告主張の契約は第三者のためにする契約であるところ、その第三者たる井上はすでに受益の意思表示をしたから、その契約から生じる義務履行は原告としては請求することができないと主張するが、その場合第三者もまた債務者に対し自己に履行することを求め得るとはいえ、それだからといつて元来の契約上の債権者が自分に対する債務の履行として第三者に給付するべきことを債務者に請求し得なくなると解さなければならない合理的な根拠は見出し得ないので、この点に関する被告主張もまた採用することができない。

(四)  すなわち、原告主張の契約は原被告間に有効に成立したので、被告は右契約に基いて別紙記載の特許、実用新案を受ける権利について、その出願人名義を井上嘉瑞に変更する手続をする義務を原告に対して負担するに至つたものというべきである。ところで井上嘉瑞が昭和三一年六月四日死亡し、井上喜美子、玲子がこれを相続したことは真正に成立したものと認める甲第三号証(戸籍謄本)によつて認められるが、右契約上被告の名義変更義務に関し井上嘉瑞死亡の場合につき、特段の定めがあるとも認められない本件においては、かかる場合被告は右権利を嘉瑞の相続人名義に変更する義務を負担するものと解するのが相当である。

すなわち、原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用は敗訴した被告の負担として主文のとおり判決する。

(裁判官 西川正世)

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